落合陽一と考える
「ぼくらのミライ」
せとうちサマースクールに親子で参加してきました。
2030年に残したいものは何?という問いをいただきました。
尾道も宮島も、今と変わらず未来も存在している。
変わりながら存在し続ける。
そこには、多くの人が価値を感じるものがあり、残したい意思がある。
自分が価値を感じるものを知る→人を巻き込む、より多くの人と思いを共有する→残すことが実現
私が価値を感じるものは、
可愛さ、自由さ、博愛
私が残したいのは、あまり物質的なものではないようで、ほんとに毎日ユニクロで大丈夫だし。尾道の美しさに感動したけれど、他の方の気づきと比べると、かなり細部を見ていない、大雑把な性質を感じました😢
息子とも共通するなぁと、息子の課題を見て、薄っぺらい観察眼を感じました…
物質より本質、紙よりデータ、素敵な古民家より寒くない暑くない快適な景色の良い家。
私自身はこだわりがないけれど、尾道に住む方々の、街を愛する気持ちが素敵で感動しちゃうんだろうなぁと思いました。
人の心を動かすものは価値を生む。
                      ↓
工業製品よりエネルギー効率たかい!!!
                      ↓
環境を守ることにつながる。
                      ↓
アートはエネルギー効率高いね。
私は愛ゆえに生まれるものに感動します。
例えば、落合さんの、ご飯もあまり食べず、あまり寝ず、できるだけ大きく働いてより多くの人の幸せに関わる活動を、ご自分の興味を元にする。結果がなかなか出なくてもやり続けると決めてる、そんな姿に人の美しさを感じます。
私の英語のメンターと決めた、小熊弥生先生も、命を使い切る!と決めて動いておられます。そういう人が好きだし、心が満たされます。
今回のサマースクールのスタッフのお話も素敵でした。
今回のサマースクールではスマホを全員に配られ、子供たちはミッションをクリアしたり、落合先生の課題をもとに写真を撮りまくっていました。そのアプリは、ブロックチェーンという技術を使って作られており、その開発をした方々がスタッフとして入られていました。
今回のデータがずっと残り、学んできた足跡が残り、将来、こういったワークショップで学んでいることが評価される時代になったときにも役立つようにとおっしゃっていました。作ることも大変だけれど、何を子供たちが喜ぶのかなど、企画の部分が最も時間がかかったそうです。
やばい、愛がそこらじゅうに(*^^*)
で、テーマはなんだっけ。
そうそう、SDGsがテーマだったんです。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/about_sdgs_summary.pdf
広い目標すぎてピンとこない子供達に、自分と向き合うこと、自分のフィルターを通して、何を残していきたいのかを考えていく、深い学びセッションでした。
世界は自分たちでつくっていくんだとあたりまえに思える教育のありかた。
ミライの教育はこういうふうに変わっていくはず。

#落合陽一
#せとうちサマースクール
#SDGs
私はフラクタル心理学に出会い、自分のパートナーの素晴らしさ、両親、義両親、周りの人々の素晴らしさに気づきました。

それまでは、パートナーのことをひどい人だとか、勝手だとか思い、パートナーがどんなに努力して広い視野で社会を良くしようとしているかなどには思いが至りませんでした。

また両親に対しても、どれほど彼らの時間やお金を注いで大切に育ててもらったかを理解せず、もっとこうしてほしかったなどと思っていました。

あたりまえに注がれているものに気づかなくなると、あるものが見えていないので心が貧しくなっていきます。

無意識に周りの愛を否定し、もっともっとと求めている心の型ができていき、どんどん育っていくのです。

心の型は強固に出来上がっていても、表面は社会経験を積んで大人になっていくので、自分がそんなに幼稚で攻撃的な思考を積み重ねているとは気づかないものです。

そして結婚してパートナーを得て、子どもを得ると忙しい毎日が始まります。親としての責任が生まれ、さらにパートナーとのつながりが重要になります。

こんな時に、幼稚な型が問題となってきます。

今、結婚生活が苦しい、子育てが苦しい方に、意外なところに苦しみの原因があって、治していけることを知っていただけたらと思います。


オンラインでもカウンセリングできますのでご予約くださいね。



旅先で令和の時代を迎えました。
初めてのUSJ、初めてのなんばグランド花月。特に吉本新喜劇を最前列で見ることができて、感激いたしました。本物のすごさに圧倒された数時間でした。

特にウーマンラッシュアワーの村本さんを生で見たときの自分の気持ち。以前の私なら嫌いだっただろうなぁと思うのですが、キラキラしたエネルギーと、なんだか生きづらそうで切ない感じを抱えながらの見事なトークを、好感を持って楽しむことができました。

良いとか悪いとか、正義とか悪とか、判断することがなくなってきたのかもしれません。

自分はそちらに行きたくない、と思うことはあっても、そちらに行く人が悪いとかダメということではなく、それも私の一部なのだと、だんだんと腹落ちしてきたのだと思います。

全てが自分の目指すところに必要なもの。

と言うと、なんだかカッコいい感じ😊

私の目指すところとは、
誰もが自分自身を好きで、自分を生かしていきたくて、より成長したくて、周りの成長も喜べて、自分自身の世界観を実現していける、被害者意識のない世界。

それがフラクタル心理学と出会って私が得たものなのです。
自分の過去への思いが残念なものだと、
現在も未来も、それなりの残念なものになる…

それらは合わせ鏡。

でも、過去は存在しない、不確定なもの。

誰にも平等に、
安心で安全な、
願う通りの世界をつくる道が開かれている。

毎日ワクワクしないなんて、まだ目が開いてない証拠。

平成は終わる。

覚醒して、熱狂するとき。

目を覚ませ。


私は英語教室を運営しています。出来るだけ多くの方に早く英語をスタートしていただきたいので、教室を拡大していく意志を持っています。

先日も感じたのですが、小学校低学年からスタートしてくれた生徒たちが中学生になって、どんどん理解してスピードを上げてくれるのを見て、早期に外国語学習を始めることには大きな意味があると思いました。

自分をより多くの人に向けて表現できるツールを得る。全く違う文化を深く知るチャンスを得る。子供たちの未来の可能性を大きく拓くことにつながる、今私ができることで、最高にやるべきことだと思います。

毎年春に向けて集客を頑張っているのですが、今年はかなり難しめの目標を掲げました。生徒数61名を超えようと思ったのです。スタートが42名からだったので、なかなか厳しい目標だったのですが、3月半ばの時点で55名まで増えました。

これまでの私なら、そうは言っても過去の自分ならここまで集客できなかったのだからよく頑張ったよ〜と自分を慰めて終わりだったでしょう。

でも、私はフラクタル心理カウンセラーであり、フラクタル心理学講師。

きちんと結果に向き合うことがどんなに重要かわかりすぎるほどわかっていなければね😤

こんな時どうするかと言うと、その目標を達成出来なかった私には何のメリットがあったのだろう、と考えるのです。


できる努力は全てやりきったつもりでしたし、結果が出ないことにはメリットなんてない!という気持ちなのですが、そこには絶対にメリットがあるという前提で深い意識を探ります。

やはり、楽したかった?


無理したくなかった?


頑張りたくなかった?


そう問いかけるとたしかにそんな自分がいるのを感じました。

もうこんなにがんばったんだし、このぐらいでいいでしょう?私自身をかわいがって楽させたい、そんな思いがあるのだと思いました。

それも悪くない生き方だ、とも感じるからです。
大切な家族がいて、可愛い生徒たちがいて幸せなのだから、社会への貢献度とか、そこそこでいいじゃーん、と思っている私がいました。

そんなにも楽したかったのか…


ここで自分自身を育てなおすつもりで自分に話しかけてあげるのです。

できるだけのことをして、多くの人に英語ができて、より自分自身の力を拡張して役立っていける、という思いをもってもらえたら、私の命は本当に輝くよね。それが私の喜びなんだよね。だから、大変なことが増えたとしても、全ては私の喜びに続く道なんだよ。負荷をかけて成長すると、さらに大きな夢を抱けるようになるんだよ。まだまだ欲張っていこうね。

自分が楽をしたかった、本当は生徒が増えない方が良かったなんて認めたくない表層意識を脇に置いておいて、結果から推定していくのです。そうすると、力が湧いてきて、新たな決意をすることができ、さらに生徒様も増えてきました。目標達成に近づいています!

今必要とされている仕事なので、仕事が増えない理由はないのです。あるとすれば、自分自身がやりたくないだけ。

思い知るがいい!


と、時には厳しく語りかけています。

こうして結果を出していくと、自己完結できますよ😊



写真は広島城で開催されたチームラボの作品。
自分自身もほかの人たちも作品の一部になっていく、素敵な空間でした。


今何らかの理由で、走ることができていない、自分の人生を生きているという感じがしない人は変わりたいという気持ちをお持ちかと思います。

根本的に変わりたい時にしなければならないこと、それは全面的な過去の否定です。自分が正しいと思ってきたことは間違っていた、本当に申し訳ありませんでした😭という謝罪が必要になります。

100%敗北を認めることが本当に変われる秘密なのです。これはかなりきついことです。フラクタル心理学では、自分自身のことは5%しかわかっておらず、あとの95%の自分を知るには周りを見ることだと説きます。

あなたの周りにあることが答えであり、無意識に望んでいたことがすべて叶っているというわけです。その現状が嫌ならば、心の中は5%の意識できている自分と全然気があっていないということ。自分の把握できていない自分全部が、意識できている自分自身とともに同じ目標に向かって足並みを揃える必要があるわけです。

フラクタル心理カウンセリングでは、あなたの95%はどんな勘違いをしていたのかを読み解き、どんなふうに世界をとらえ、創りだしていけばいいのかを大人の心で教え諭します。あなた自身の力で、過去の捉え方、周りの人に対する勘違いを直し、どんなふうに考えれば豊かな世界を創り出せるのかを自分自身に教え、心から大人の選択ができるようにします。

安心してやりたいことに挑戦できる自分になれますよ。
今日は何だかややこしいタイトルです😊

私は以前、閉鎖しそうな英語教室を助けようとしたことがあります。今の教室とその教室を両方運営しようとしました。これはみんなのためになることだし、私にとっても学びになり成長できるだろうと考えて取り組みました。いろいろと難しい条件をしつこく諦めずに実現に向けて動いていると、素晴らしい人たちが現れて助けてくれ、あともう少し、というところでその話は消えました。

頑張ってきた思い、迷惑をおかけした皆様への思い、悔しい気持ち、怒り等々、感情が乱れました。

なぜこんなことが起こるのか、フラクタル心理カウンセラーとしては自明のことなのですが、自分のこととなると冷静に分析できませんでした。

運が悪かったのでしょうか?
誰かのせいなんでしょうか?

そのような反省では何も解決しません。

運などない。運は自分がつくるものだから、運が自ら動いているような言い方は不正確です。
誰かのせいではない。人にされたことは、自分が過去にしてきたこと。

そんなことしたかな。覚えがない。許せない!…そう考えてしまいますが、確実にしているのです。子どもの頃ならきっとしたことがあるに違いありません。私は十分に、人と比べてもワガママな方でしたから。絶対にした!思い出せる!!!と考えると記憶が生まれてきます。不都合な真実を、自身が呼び戻すという勇気を持てば何かしら出てきます。

お友達と遊んでいて、飽きたから帰っちゃった、とか、約束していたのに行かなかったとか。相手の期待、気遣いなどお構いなしだった幼い頃の体験がきっと見つかります。もう少し頑張れば、もっと自分の傲慢さを思い出すこともできます。が、それは自分の胸に納めさせていただいて、

さらに、この現象が起きている根本理由は何なのか、と考えると、やはり私のパワー不足が一番にあったと思います。これをやると私の生活はかなり大変になるけれど、それは何のため?誰かに感謝されたかったの?

私は英語教室も塾もない田舎の町で育ったので、田舎をアカデミックに、子供達に学ぶ機会をつくる!というのは強い動機でした。それは若干、育った環境への恨みも入っていたのですが、その恨みはエネルギーにすることができていて便利でした。でも、恨みはやはり必要ないものですし、フラクタル心理学を学ぶことによって消えてしまっていました。

どんな環境であっても学びたい思いがある人はどこででも学べる、手を差し伸べる必要などない、自分がこの仕事をしたい思いを大切にすればいいのだ、と感じるようになってきていました。

ある意味では、恨みやトラウマは便利で、エネルギーに変えられますが、私は消化してしまい、それには頼れないのでした。

だから今考えると、正直に言って、自分のエネルギー不足、体力不足など総合的に、私には荷が重かったのだろうと思っています。何が何でもやりきる思いと力が足りなかった…

誰のせいでも何のせいでもなかったのです。

そのことが心からわかれば、私は傲慢さを直すチャンスを得られるし、体力づくり、講師としての実力、さまざまな処理能力を鍛えることができます。閉鎖する教室ではなく、一から分教室を持てる日がくるかもしれません。

人のせいにしていると、メリットはひとつもないのです。

タイトルは、うまくいきかけたことが失敗しそうな時、です。このようなケースで、まだ失敗していない、結果が出ていない場合に、うまくいくようにできるよ!ということを伝えたいと思って書いています。


うまく行かなくなった時、その現象やその関係者に対して、何を感じますか?
強い怒り、強いイライラがあるととてもチャンスです。

しっかり観察してエッセンスを取り出してみてください。

その嫌なエッセンスが自分の中にあると決めつけて探してみてください。見つけられないと成長できないし、うまく行く可能性が残っているならその可能性を捨てることになります。見つけることにはメリットしかありません。

さあ、立ち向かってください❣️

メリットしかありませんよ😊
私は英語教室を運営しています。
いきなりの自慢なのですが、4年間で生徒56名、素晴らしい保護者様と生徒さんに恵まれています。できるだけ多くの子供達に英語を自由に使える世界に生きられるようになってほしいので教室を拡大していくつもりです。

そんな私も、それ以前は子育てママで、子供ができるまでは、ただただ子供を待つ、専業主婦でした。しかも専業主婦としての生活を楽しむとか、極めたいとか、趣味的に生活を楽しんで豊かに暮らすようなこともなく、ただ一歩を踏み出せないでいたのです。

そこからフラクタル心理学に出会い、生活の全てが変わりました。英語講師になってからは4年が過ぎました。

私の英語の実力は、帰国子女でもなく、まだ英検1級に向けて勉強中の状況です。何か特別な理由があって私の教室が順調に集客できるわけではありません。さらにスタートが42歳の時でしたから、要領が悪く、最初の頃はご迷惑をおかけすることもありました。それでも、教室は大きくなり、生徒さんは成績をあげてこられました。

一方、海外経験が豊富で才能豊かな方であっても、集客に苦労し、運営が難しいと言う方もおられます。なぜそんな差が生まれるのでしょうか?

心のあり方が変われば必ず違う結果が得られます。ご自分と深く向き合って結果を出したい方、ぜひご相談くださいね。

息子は6歳からピアノを始めました。現在10歳。練習は嫌いだし、先生には甘えていて怒られるしで、何度かやめようと、本人も私も思いましたが、本人の音楽好きとステージ好きのおかげか、先生のご努力のおかげで何とか続いています。

そんな息子は、たぶんそれほど才能に恵まれているわけでもなく、私もピアノ未経験者なので十分なサポートはできず、新しい曲に取り組む時は毎回苦悩しています。

右手の練習をして、左手の練習をして、さぁ両手で合わせてみようとなると本当に難しいですね。

曲の難易度が上がってくると、本当に苦しみレベルが上がっていると感じます。

見ていて思うのは、これは自転車に乗れるようになるまで、とか逆上がりができるようになるまでの感じと似ているなぁということです。

そんなことを毎回やるのが息子にとってのピアノを続けるということなのです。
ピアノを弾き続けるということには本当に様々な要素があって、息子の成長を助けてくれていると感じています。

息子の苦しみ、成長、喜びを見ていて、自分自身の日々も相似形だなぁと感じました。

私は仕事として子どもに英語を教えています。子どものコーチ的な今の仕事に、苦悩と喜びを感じる日々です。

毎日毎日が楽しいし、落ち込みもあります。それを改善しながら続けることに、大きな価値があるんですね。

苦しくて当たり前。
伝わった時、子どもができる喜びを感じた時、私も幸せに襲われるわけです。

特別な仕事ではないけれど、本当に面白い。

生徒さんとともに、息子とともに、成長していきたいです。
何か停滞感を感じた時にこちらの本を手に取ります。

私にとって一番の発見であり、私のあり方の根本を変えることになったことがシンプルに、飾らない言葉で書かれてあり、ブレかけた自分の軸をしっかり確認することができる素晴らしい本です。

なぜ改めてまたこの本を紹介しているかというと、最近はまった「ピアノの森」という漫画に出てきた一ノ瀬海のあり方と全く同じだったので、彼の魅力はこの根本にある!と感じたためです。

一色まことさんがこの作品を描いておられるわけですが、私の愛読書を書いているのは、私の学ぶ心理カウンセリングの開発者であり心の師である一色真宇先生。
一色ま、まで同じお名前!!!

勝手に運命を感じております(*^^*)
主人公の一ノ瀬海の驚くべきところは、小学生という幼さで、自らの不幸な境遇や、無力ではあるけれどひたむきに息子を愛する母親を恨むことなく、その境遇の中で自分を高めていき、自分自身がこの素晴らしい母親を選んで生まれてきたと確信しているところです。

絶対に被害者になどならない覚悟が、この幼い男の子にある、という設定。

すごい。

その世界の捉え方。

愛の捉え方。

そんな心を持つことができれば、自分の思い描く未来が手に入る、と私は心から信じています。

3月11日を明日に控えて、FBに昨年の自分の記事が出てきました。ニュースで見た、被災者の言葉を載せていました。

「過去は過去。今は今しかない。」


今が未来を作るし、過去も今の自分が心に存在させているもの。

くだらんことにこだわって人のせいにして無力ぶって怠慢の海に落ちていないか、いつも心に問う必要がある、46歳の私です^_^


いつまでも悩んでいる方に、早く決断して、悩んでいることをやめていただくために今日は書いてみます。

どんな状況にも必ずメリットがあって、自分で意識しているつもりはなくても自分自身で生み出していることです。

なぜそんな困った状況を生み出してしまうのでしょうか。

悩む、苦悩するって、なんだか頑張っている感じがします。そして、手っ取り早く、特別感を得られますね。

人は特別な存在になりたい、という心を多かれ少なかれ持っています。それは、人を努力させ、実力をつけるために必要な欲求です。でも、特別になるには時間も努力も必要です。

いつまでも悩むことは手っ取り早く努力なしに特別感を味わう手段なのです。そのために、もちろん無意識にですが、周りに困った人を創り出します。そうして心配したり悩んだりできます。

自分が楽して特別になりたいために困った人を生み出したり、いつまでもグズグズしているんだ!とわかれば、

今すぐ自分を変えずにはいられないのでないでしょうか。

ああ、恥ずかしい。

このような仕組みは科学的に証明されたものではありませんから、大丈夫、まだまだバレてないと深層意識は思っているかもしれませんが、おそらく大昔から、賢い人たちは感覚でわかっていたのではないでしょうか。今も社会的に有名になるような実力のある方は自然に感じとっている感覚なのだろうと思います。

私はフラクタル心理学を学ぶまでは何も知らなかったので、自分の深層に気づかず、様々な悩みを創り出していました。

周りにはバレバレです。

本当は晴れ渡っているのに、霧を製造しているのはあなたです!



毎日目が覚めるとうれしい、ギラギラWOMAN、青木です。

私はずっと、子育てには何か正解があって、常にアンテナを張って最新の教育を受けさせたり、基本に忠実に、真剣に取り組まなければならない!!!と考えていました。

息子が生まれて、まず母乳問題にぶつかりました。出産時の出血が多かったためか母乳が出にくかったのですが、母乳で育てられなければ人間失格くらいのことと捉えて、息子が泣くたびに授乳し、乳首から血を流しながらも母乳育児を諦めませんでした。息子は卵アレルギーだったのですが、皮膚科の先生が1日に2回は公園に連れて行って陽に当たるようにしなさいと言われれば、何があっても2回公園にでかけていました。子どもの睡眠時間の目安と、そのためには何時に夕食を取らせなければならないということを聞けば、イライラしながら必死で家事を済ませました。子どもの健康のためには良かったと思いたいですが、そんなにうつうつとするくらいなら全部諦めても大丈夫なことだったかもしれない…なんて振り返ります😊

子どもが小さい時に母親が神経質になるのは、ある程度必要で、本能的なものなのかもしれません。さらに子どもの気持ちを理解するには、ある程度子どものレベルまで降りていかないと感じられないこともあります。お母さんになったら、社会性よりも、子どもを絶対守る!という野性が前に出てくるところがあるように思いますが、それは必要だからなのだろうと思います。社会はそういった子どもと母親を守る、という意思をもって形づくられる必要があると思っています。

今日お話したいのは、社会的なお話ではなく、心理のお話です。

前述したように、子どもを持つと、子供を持つ前とは意識が変わってしまうと思うのですが、子どもはずっと赤ちゃんではありません。どんどん、どんどん成長していきます。親の心が追いつかないほどそのスピードは早いです。そのスピードに合わせて、あるいは先回りして、母は大きく成長して行く必要があります。

子どもは依存的です。

依存しなければ生きられないのですから当然のことなのですが、母にとっても幸せな一体感を味わえます。それをどんどんどんどん手放していくのが仕事ですから、なかなかにハードですね。

私は必要以上に神経質な子育てをしていたのですが、その心の裏にあるものが何なのかをフラクタル心理学を学んで知りました。

こういうふうな環境だったから私はこうなったのだ、と親に言いたい、もっとこういう教育を受けていたら、もっとこんな時代に生まれていたら、あの時親がアドバイスをしてくれていたら…

たいていの人は、このような幼稚な考えを忘れてしまって、それなりに社会経験も積んで、精神的に成長しているはずです。当人がとっくに忘れてしまっているこんな意識が、心の奥深いところに眠っているわけです。

それでも、ふとした時にこのような考えが浮かぶことがあったりします。そして忘れます。深層意識では何度も再生され、根深く存在しているのです。

そうすると、親になった時、こういう子育てをしたい、こういう思いはさせたくないという思いが大きく働きます。

自分の親の子育てを認めていないと、親としてやるべきことをやる時にブレーキがかかったり、あるいは罪悪感が生まれるのです。

親として、いつもニコニコして穏やかに対応することが理想だったとして、そんなことが叶うでしょうか。
叱らなければならない場面で、〇〇ちゃん、いけませんよう(にこにこ)と言って、子どもの心に届くでしょうか。

私の子育ては毎日がバトルですが(o^^o)
息子は健やかに息子らしく、全力で生きています。

子育てに正解はないのですが、
あなたの子育ての正解はあなたが創るものです。

子育てのつらさ、ブレーキを外してみませんか?

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